読者の中にも、どこかで違和感を持ってこの「オノマトペ」という言葉と出会われた方が居られるのではないか。実は、「オノマトペ」はもともとフランス語の「onomatopée」を日本語読みしたもので、“擬態語(物事の状態や身振りを表す言葉、ニコニコやサラサラなど)”、“擬声語(生き物の鳴き声や声を表す言葉、ワンワンやミンミンなど)”、“擬音語(物事や自然の音を表す言葉、ゴロゴロやシュッシュッポッポなど)”等の総称と言われる。もっと遡れば古代ギリシャ語の「onomatopoiia」が由来で、「onoma(言葉)」と「poiein(作る)」が組み合わさった造語で「言葉を作る」という意味だが、これは「音を模倣した単語」を作るという事だったようだ。日本における「オノマトペ」は非常に重要で、これ無くしては、生き生きとした情景の伝達は不可能であるとさえ言われている。
つまり日本語の「オノマトペ」には、まるで魔法のように、それを聞いたり、見たりした人の脳裏に、はっきりとした“映像”を思い浮かばせる力があるのだ。例えば「朝日に輝く湖面」と聞いても、なかなか具体的な映像が浮かばないだろうが、「朝日に照らされキラキラと輝く湖面」と聞けば、多くの人がその情景を思い浮かべることが出来るだろう。漫画家の「手塚治虫」氏は、その著作「新世界ルルー」の中で、登場人物達が複雑な気持ちで沈黙してしまう場面に「シーン」と書き込み、物音ひとつしない静けさを表現したという。この「シーン」は無音を表す「オノマトペ」の典型で、あたかも読者がその場面に立ち会っているかのように感じさせることに大成功していると言えよう。他にも驚く様子を表した「ドキッ」や、衝撃を受けた時の「ガーン」など、実際に音はしないのに「オノマトペ」を見たり、聞いたりするだけで、まるで自分の心に響くように感じる。日本語の「オノマトペ」は、4000〜5000語近くも有ると言われており、英語の「オノマトペ」が、わずか150語程度しか無いということと比較してもその種類の多さや、表現の幅の広さは図抜けている。これは例えば英語では、動物の種類ごとに“鳴き声”が別々の「動詞」として数多くあるが、 日本語では“鳴く”というたった一つの「動詞」の前に「オノマトペ」を置くことで(例えば“ワンワンと鳴く”で犬を表し、“ブーブーと鳴く”で豚を表す)より鮮明に動物達の様子を思い浮かべることが出来るという訳で、日本人の感性の鋭さと無縁でない。
日本語の「オノマトペ」の起源は文字として確認出来る所までしか遡れないが、「古事記」の中で、イザナギ・イザナミという二人の神様が、海の中に矛を刺し、「こをろこをろ」とかき混ぜる描写がある。この「こをろこをろ」が日本最古の、確認可能な「オノマトペ」だと言えよう。このような古の昔から現代に至るまで、日本人は「オノマトペ」の本来の意味どおり、“新しい言葉”を生み出し続けている。一方、海外の「オノマトペ」の話題も興味深い。新製品のプレゼンテーションで名高い「スティーブ・ジョブズ」は、商品説明をする時必ず「バン」とか「ブン」と言った「オノマトペ」を使い、聴衆に臨場感を与えたという。大の親日家だった「ジョブズ」が日本の「オノマトペ」を研究したことの成果らしい。
文 国影 譲 |