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「学び」は未来への扉を開く!

 “人類の進歩”の原動力は、「真実を知りたい」という飽くなき探求心だろう。そしてその欲求を満たし、更に次世代へと成果を引き継いで行くために「学び」があるのだと思う。「朝(あした)に道を聞かば、夕べに死すとも可なり」とは、孔子の“論語―里仁(りじん)”に出てくる言葉だが、「学び」によって得られる果実は、まるで人の一生にも匹敵するほど、魅力的だという例えなのだろう。

 人の一生は絶妙の長さだ。どれほど節制したとしても120歳を超えることは稀で、その儚さゆえに本当は明日をも知れないと言っても過言でない。ところが人類を取り囲む問題の解決は、そう簡単に一人の人間の生涯という長さでは完結しない。そこに、私たちにとっての「学び」の必要性と継続性があるのだろう。

 実は、もともと「学び」という言葉の語源は“まねび(真似をする)”であると言われている。それは“教師”や“師匠”、“メンター”や“マスター”などといった先達(せんだつ)が、直接語ったり、著作やその作品を見せたり、背中で教えたりする“思想”や“知識”、“方法論”などを、“生徒”や“弟子”がまず模倣し、消化し、やがては自らのものとする行為であると言えるのではないか。

 パリの「ルーブル美術館」へ行って驚くのは、小・中学生と思しき子供たちが、多くの絵画の前で無心に模写している姿だ。日本ではまずお目に掛からない光景だが、正に世界に冠たる芸術大国フランスの底力を見る思いがする。絵の勉強をしたいと願う世界中の画家達にとって、なぜパリという場所が最高なのかと言うと、ごく自然に絵を「学ぶ」ための“模範と言える作品群”、“尊敬できる先人”、“芸術に対する人々の高い評価”等と言った生活環境が揃っているからだろう。このような環境の中で、作画に関する最先端の技法を「学び」、自ら心血を注いだ作品を世界に認知して欲しいという画家達が数多く集まり、お互いに切磋琢磨することによって、ますますフランスが芸術の未来を担って行く環境が整う訳だ。

 江戸時代、世界と比較して、日本は圧倒的に“識字率”と“算術能力”が高かったという研究がある。その理由は、日本全国に数多くの“寺子屋”が有り、俗に言う“読み・書き・そろばん”が、子供たちの手習い(一般教養)として広まっていたからだ。そしてそれが後になって列強の侵略から日本を救う事に繋がる。

江戸から明治へと移り変わる時代、国内騒乱が続く日本は、世界市場と植民地の拡大を図る欧米列強の格好のターゲットとなった。特にアヘン戦争で「清国」を破り香港割譲を手にした「英国」や、大艦隊を持っていた「アメリカ」、「スペイン」などは、軍事力に物を言わせて日本に“開国”を迫り、あわよくば日本の植民地化まで考えていたらしい。勉強している女の子しかし列強を思い止まらせたのは、日本の一般庶民にまで広がる“教養”と、それに支えられた“技術力”や“軍事力”だった。

 江戸時代に宣教師が残した記録では、「スペイン」が、たった12丁の鉄砲で、防衛軍8万人のインカ帝国を滅ぼして、僅か8年後に日本を攻めようとした時、日本には既に3000丁の鉄砲が有ったという。鉄砲作りに携わる刀鍛冶の技術が脈々と伝承されており、日本人の「学び」の姿勢は、その未来を変えたと伝わる。

文 国影 譲
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