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美しき山々に向かいて!

 2024年春、延伸開業する“北陸新幹線”の終着駅、福井県「敦賀」が我が心の故郷だ。海側には国際貿易港である“敦賀港”があり、幼い頃はひっきりなしに港へ向かう蒸気機関車の疾駆を眺めていた。そして山側には「敦賀」に住み暮らす人々の“心象風景”そのものとも言える「野坂山(野坂岳、標高913.5m)」がある。その高さが1000m以下ということで、「山」と言ってもたかだか知れていると思われる方も居られるかもしれない。しかし、平野部分の少ない「敦賀」では、「山」が海際のすぐ傍らから立ち上がっているため、標高が1000m以下と言ってもなかなかの威容であることに間違いない。例えば、東京都八王子市にある「高尾山(標高599m)」が、修験道の霊山として「明治の森高尾国定公園」に指定されているように「山」とは“単なる標高”を超える存在なのだ。そしてこの「野坂山」こそ、私が小学4年生で初めて“登山”を経験した「山」である。
 母方の叔父に誘われて“ご来光”を拝むため、深夜真っ暗なうちに登り始めたのだが、夏だというのに登るにつれてどんどん気温が下がり、喉は乾くのだが、身体は冷えていく。「山」と言うのは
“麓”と“山頂”でこれだけ温度差があるものなのだと実感した。また、霧が深くなったり、あっという間に晴れ渡ったりで、真っ暗闇への恐怖と、「山」という自然の持つ力に畏怖を感じたのだった。
 「石川啄木」は詩集「一握の砂」の中に、「ふるさとの山に向かひて言うことなし ふるさとの山はありがたきかな」という詩を残しているが、国土総面積の70%が「山」という日本では、関東の一部を除いて「山」に対する畏怖、畏敬の念は、そこに住み暮らす人々が持っているごく自然な感情なのではないだろうか。
 「上賀茂神社(賀茂別雷神社、かもわけいかずちじんじゃ)」は、京都最古の歴史を持つ社であり、仏教や各種宗教の伝来以前、神武天皇の御代から古代氏族「賀茂氏」の氏神を祀ると伝わる。そのご祭神は「賀茂別雷大神(かもわけいかずちのおおかみ)」だが、ご神体は「上賀茂神社」の北西約2qにある「大神」が降臨されたという「神山(こうやま)」であり、我が国の“山岳信仰”の具体的な形と言えよう。古代より、「山」がもたらす恩恵は、そこで生計を営む多くの人々の畏怖、畏敬の対象だった。「山」は急な降雨による“洪水”を防ぎ、清涼なる“水”を与えてくれる“川”を形作り、また、「山」に育つ植物群は清浄な“酸素”を作り出し、“木材や動物達”など多くの“生命”を育んだのである。
 日本国内のみならず、世界中でその美しさが絶賛される霊峰「富士山」だが、約1万年前に今の姿になった後も、富士山現在に至るまでに想像を絶する“激しい噴火”の歴史があり、逆にそれが“富士山信仰”の元になっていると言われる。つまり、“富士山信仰”はその美しい姿に対してではなく、荒々しい火焔に包まれた噴火の様子に人々が、怒れる“神々”の姿を投影したらしいのだ。西暦864年(貞観6年)の大噴火で流れ出した“溶岩”によってその後の樹海が作られ、“本栖湖”、“精進湖”、“西湖”が出来たが同時に甚大な被害が出た。この情報を受けて朝廷は、「山」の神の鎮魂のため甲斐国八代郡に「浅間大社」を建てたと伝わる。

文 国影 譲
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